久しぶりに財布に余裕ができたので、某所(別に隠す必要はないが)に電子部品を
買いにいくつもりだったんだが、体の調子が悪く、家で安静にしていることに。
ここ最近にこのブログに書いていた文を、飛ばしながら読んでみた。
自分自身がその記事を書いた時に何を考えていたのか、という点を想像したり
思い出したりするのが、楽しかったし懐かしかった。
真っ先に考えたのが、
数ヶ月先の事は全く見えないという事である。
明日とか明後日頃を想像する場合だと、具体的な作業内容までは見えなくても、
今日と同じ物を目にしながら同じような事をやっているのだとある程度想像がつく。
しかし、想像が数ヶ月先の話になると全く予想はできない。
これは約半年前(6ヶ月前)の記事である。
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C言語で3Dを勉強 -18 (2010/03/29)このころは、普通では考えられないスピードと根性で、VC++によるDirectX APIの
勉強をしながら、偽XOPSの開発を行っていた時のものである。
このころ(半年前)の自分は、今の自分の状況を予測できただろうか?
身の回りの状況が一変し 開発に掛けられる時間が著しく減少したため、
(偽XOPSの計画の)開発は一時停止に追い込まれた上に、
学校からの話で電子工作をやることになり、自分の財布は空っぽが当たり前に。。
当時から見て今日この頃を想像しようとしても、こんな状況は想像できなかったと思う。
逆を言えば、今日から数ヶ月後の事なんで全く予想ができない。
今年の終わりを迎える3ヶ月後の12月や、再度暖かな季節を迎える6ヶ月後の
来年3月なんてのは、自分はどうなっているのだろうか?
電子工作の世界から身を戻して、プログラミングで新たな事に挑戦しているのか、
逆に電子工作の世界を進み続けて、どっかで新作でも発表しているのか。
それとも根本的に、全く関係の無い分野に進んでいるのか。
もちろん、例で言うと3ヶ月後と6ヶ月後は それぞれ異なる状況に違いないが、
想像ができない(前が見えない)という点に変わりはない。
このブログは他人に情報発信する以外にも、
自分の行動・活動の記録として、
大きな意味を持っていると実感した。数ヶ月後からやってくる未来の自分が、このブログを読んで何を感じるか・・。
それも謎であり楽しみでもある。
字ばかりの読みにくい文章で申し訳ない。